朝一番、得意先からFAXで届いた注文を受け取り、手書きの伝票を起こし、倉庫に在庫を確認する電話をかける。
この流れに「いつもどおり」の安心感を持っている方は少なくないかもしれません。けれども、いつもどおりの中に見えない損失が積み重なっていることに、どれだけの方が気づいているでしょうか。企業間の受注業務において、FAX・電話・メール・対面といったアナログ手段の利用率は85.8%にのぼり、ECやEDIなどデジタル手段はわずか14.2%にとどまっています(1)。多くの卸売・流通企業が、受発注の入り口の段階から情報の分断を抱えているのです。
「情報が繋がっていない」ことの本当のコスト
受発注、在庫、請求。この三つの業務は、それぞれ別の担当者が別のタイミングで別のツールを使って処理していることが珍しくありません。注文はFAXで受け取り、在庫はExcelで管理し、請求書は会計ソフトで作成する。一つひとつの業務は回っているように見えても、情報が手作業で橋渡しされるたびに、転記ミスや伝達漏れのリスクが発生します。
受注した数量と出荷した数量が合わない。請求書の金額と納品書が食い違う。月末の棚卸しで初めて帳簿との差異に気づく。こうした「小さなズレ」の修正に費やされる時間は、積み上げれば月に何十時間にもなります。問題は時間だけではありません。得意先の信頼にも影響が及びます。
なぜ卸売・流通業のデジタル化は進みにくいのか
2025年版の中小企業白書によると、卸売業でDXに取り組んでいない企業は77.3%にのぼります(2)。「実施しておらず、今後も予定なし」と回答した企業が57.9%を占め、検討段階にすら至っていない企業が過半数という状況です。
背景として多く聞かれるのは「何から手をつければよいかわからない」「取引先がFAXを使い続けている以上、自社だけ変えられない」という声です。卸売業は取引先との関係で業務の形が決まる面があり、自社が電子化しても相手がFAXを求める限り二重運用になる ー そう感じるのは自然なことでしょう。
ただ、経済産業省が推進する流通BMS(流通ビジネスメッセージ標準)の導入企業数は、2023年6月時点で卸・メーカーを含め2万1,600社を超えています(3)。電子化の波は、業界の中に着実に広がっています。取引先の変化を待つのではなく、自社内部の情報をまず一本化することが、現実的な第一歩になるのではないでしょうか。
一元管理が変える「判断のスピード」
受発注・在庫・請求の情報が一つの仕組みで繋がると、何が変わるのでしょうか。
在庫の状況をリアルタイムで確認できるようになれば、得意先からの問い合わせに倉庫へ電話する手間がなくなり、画面上で即座に回答できます。欠品や過剰在庫のリスクも、データが連動していれば早い段階で察知できます。請求業務も同様です。出荷データと請求データが紐づいていれば、月末にまとめて照合する作業は大幅に減り、人が確認すべき例外処理に集中できます。
何より大きな変化は、経営者が「今、何がどれだけ売れていて、在庫がいくつあり、回収状況はどうなっているか」を月末を待たずに把握できることです。判断のスピードが上がるということは、商機を逃さないということでもあります。
まず内側から繋げるという選択
すべてを一度に変える必要はありません。受発注・在庫・請求という三つの情報を自社の中で一本に繋げること。それだけで、日々の業務にかかっていた「見えない時間」が数字として浮かび上がり、次に何をすべきかが見えてきます。情報が分断されたまま走り続けるリスクは、立ち止まって整理するコストよりも、長い目で見ればはるかに大きいのではないでしょうか。
参考・出典
(1)ネットショップ担当者フォーラム「企業間の取引で最も多い受注方法はFAXなど『アナログ』が86%」(アイル調査に基づく)https://netshop.impress.co.jp/node/8245
(2)中小企業庁「2025年版 中小企業白書」第5節 デジタル化・DX https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2025/chusho/b1_1_5.html
(3)一般財団法人流通システム開発センター「第23回 卸・メーカーの流通BMS導入企業数調査結果」(2023年)https://www.gs1jp.org/ryutsu-bms/pdf/release20230202.pdf