受注の連絡が入った。営業担当は、顧客との長い折衝をようやくまとめた手ごたえを感じながら社内に報告した。ところが在庫確認の返答は「今はすぐに動かせる数量がない」だった。追加調達を検討しようにも、仕入れのリードタイムは二週間以上かかる。その間に顧客は別の取引先に話を持っていった。
よくある話として片付けるには、あまりに惜しい出来事です。この一場面に、営業・調達・在庫という三つの機能が分断されたまま動いていることの実態が凝縮されています。
分断が生む「見えない損失」
営業が把握しているのは、顧客の要望と自分が積み上げてきた関係性です。在庫の水準や調達のリードタイムは、別途確認しなければわかりません。倉庫担当は出荷実績を管理していますが、来月の受注見込みを事前に知らされていないことが多い。調達担当は仕入先との価格交渉に集中しており、営業がいま何を追いかけているかを知る術がない。
この三者がそれぞれのExcelと記憶で動いている限り、情報の空白は埋まりません。欠品が起きるのは需要予測が外れたからではなく、連携する仕組みがないからです。中小企業支援機関のデータによれば、在庫を多めに持つことで資金が固定化され、逆に欠品が起きれば販売機会を失う ー どちらに転んでも損をする構造が指摘されています(1)。
調達情報が「担当者の記憶」に依存していること
調達購買業務のDXが遅れている理由のひとつに、担当者自身がそれほど不便を感じていないという現実があります(2)。仕入先とのやり取りは電話とメールで回っており、過去の価格情報や交渉経緯は担当者が記憶している。ベテランが異動や退職をするまでは、表面上は問題なく見えます。
しかし、その担当者しか知らない情報が組織の資産になっていないとすれば、事業継続の観点からは脆弱な構造です。加えて、営業が案件を積み重ねている時期と調達が仕入れを絞っている時期がたまたま重なると、現場には在庫不足という形で結果が現れます。それが「損失」として認識されないまま、次の商談が動き始めていきます。
2026年1月施行の取適法が調達現場に求めるもの
2026年1月、下請法が「中小受託取引適正化法(通称:取適法)」として改正・施行されました(3)。
注目すべき点のひとつは、価格協議の義務化です。受託側から協議の申し出があった場合、委託側は誠実に応じることが求められます。一方的な値決めや協議拒否は禁止行為として明文化されました。手形払いの禁止も加わり、支払条件の見直しを迫られている企業も少なくありません。
この法改正は、仕入先との関係を見直す契機でもあります。コスト上昇分を外に押し付けることが難しくなる中、調達側が価格の根拠を説明できる状態にあるかどうか、過去の取引履歴を整理して提示できるかどうかが問われるようになっています。ExcelとメールとベテランのKKD(勘・経験・度胸)に依存した調達管理では、法的な対応を迫られる局面が出てきます。
三者をつなぐと、何が変わるのか
営業・調達・在庫の情報がひとつの場所に集まると、日常業務の手触りから変わっていきます。営業が在庫状況を自分で確認できるようになれば、顧客への回答精度が上がり、根拠のない納期約束も減ります。調達担当は受注見込みに基づいて先手を打てるようになり、緊急発注が減る分、仕入先との交渉を落ち着いて進められます。倉庫は出荷予定を事前に知ることで、作業計画に余裕が生まれます。
一つひとつは小さな改善でも、積み重なれば利益に直結します。重要なのは「便利になる」という話ではありません。誰が何を知っていて、誰が何を知らないのかを正確に把握し、その情報の空白を埋めることが、機会損失を防ぐ最初の一手になります。
今の組織で、営業が「在庫はどのくらいある?」と聞いたとき、その答えが何分で返ってくるかを確かめてみることから始めてみてはいかがでしょうか。
参考・出典
(1) 中小企業基盤整備機構 J-Net21「在庫を多めにもつことの悪影響について」https://j-net21.smrj.go.jp/qa/productivity/Q0270.html
(2) フォーティエンスコンサルティング株式会社(NTTデータグループ)「調達購買業務DXは何故進まないのか」https://www.fortience.com/insight/column/230531-00/
(3) 公正取引委員会「2026年1月から下請法が『取適法』に」リーフレット https://www.jftc.go.jp/file/toriteki_leaflet.pdf /
政府広報オンライン https://www.gov-online.go.jp/article/202511/entry-9983.html