その原価、本当に「見えて」いますか? ー 製造業の経営判断を鈍らせる情報の断絶

その原価、本当に「見えて」いますか? ー 製造業の経営判断を鈍らせる情報の断絶

製造現場で「この製品、利益が出ているのか」と聞かれて、即座に答えられる方はどれくらいいるでしょうか。月末の締め作業を終えて、ようやく先月の数字が見えてくる。その頃にはもう、次の受注判断を迫られている。こうした時間差が、製造業の経営判断を少しずつ、しかし確実に鈍らせています。

原価が見えないまま走り続ける現場の実情

2026年4月に公表された中小企業白書は、中小企業の労働分配率が既に8割に近い水準にあることを示しています(1)。営業純益の占める割合は10%を下回り、賃上げの原資を確保するには「稼ぐ力」そのものを高めるしかない状況です。同白書は、その突破口として「原価管理」を経営リテラシーの筆頭に挙げました。製品・サービス別に原価を把握している事業者ほど、価格転嫁に成功している割合が高いというデータも添えられています。

ところが現場の実態はどうでしょうか。材料費はExcelで集計し、労務費は別のシステムから手作業で引き出す。外注加工費に至っては、請求書が届くまで正確な数字がわからない。こうした情報の断絶が、製品別の利益率を「推定値」にとどめています。推定値で見積もりを出し、推定値で受注の可否を判断する。赤字の製品を知らずに作り続けていた ー そんな事態は、原価情報がリアルタイムでつながっていないことから生まれています。

人手不足が「情報の断絶」をさらに深刻にする

2025年版ものづくり白書によれば、製造業の就業者数は2024年に1,046万人となり、減少傾向が続いています(2)。中小企業における従業員数過不足DIもマイナス圏が定着しており、現場は慢性的に人が足りていません。

人が減れば、一人あたりの業務負荷は増えます。原価計算のための入力作業、在庫の棚卸し、生産計画の調整 ー こうした管理業務が後回しにされ、月次決算でようやく数字が揃うという悪循環に陥りやすくなります。同白書が指摘するように、個社単位のデジタル化は一定の成果が出ている一方で、ビジネスモデル変革といった高度な領域の成果創出は限定的です(2)。日々の業務に追われる中で「情報をつなげて経営に活かす」という一段上の取り組みにまで手が回らないのが実情でしょう。

「つながる」ことで変わる経営の解像度

情報の断絶を解消するために何が必要か。ひとつの方向性は、受注から出荷までの業務データを一つの仕組みの中で流れるようにすることです。

受注情報が入った時点で必要な材料の所要量が自動計算され、在庫の引当と発注判断が同時に走る。製造実績が記録されると標準原価との差異がリアルタイムで可視化される。出荷と同時に売上が計上され、製品別の粗利が即座に確認できる。こうした流れをクラウドERPで実現している製造業は増えてきています。

中小企業白書が紹介する松本興産の事例は示唆的です(1)。同社は独自の手法で社内教育を行い、全社員が会計情報をリアルタイムで把握できる体制を構築しました。見積もりは原価積み上げ方式に統一され、赤字受注の防止と価格転嫁を可能にしています。高価なシステムを導入したことではなく、「情報がつながる仕組み」と「数字を読む文化」を同時に育てたことがポイントです。

数字が見える現場から、判断できる経営へ


2026年版中小企業白書は「経営環境の転換期において現状維持は最大のリスク」と明記しています(1)。原材料価格の高騰、エネルギーコストの上昇、労働力不足。これらに対応するには、自社の収益構造を正確に把握し、どの製品で稼ぎ、どこにコストが偏っているかを日常的に確認できる体制が不可欠です。

ERPの導入は、その体制を構築するための有力な手段のひとつです。ただし、導入そのものが目的ではありません。まず自社の業務プロセスを見直し、どの情報が分断されているかを正直に棚卸しするところから始めることが大切です。現場の一人ひとりが、自分の仕事がどう利益につながっているかを感じられる。そういう状態をつくることが、製造業の「稼ぐ力」を高める第一歩になるのではないでしょうか。

参考・出典
(1)中小企業庁「2026年版 中小企業白書・小規模企業白書の概要」(2026年4月)
https://www.meti.go.jp/press/2026/04/20260424005/20260424005-1r.pdf
(2)経済産業省・厚生労働省・文部科学省「2025年版 ものづくり白書 概要」(2025年5月)
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2025/pdf/gaiyo.pdf

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