得意先からFAXで届いた注文書を、担当者がExcelの受注台帳に転記する。倉庫の出荷担当に紙の伝票を渡し、出荷が終わったら経理が請求書を手入力で作成する。こうした流れに見覚えのある卸売業の方は少なくないのではないでしょうか。
ひとつの取引が発生するたびに、同じ情報が複数の場所に、複数の人の手で入力されていく。この「情報の多重入力」は、卸売業が長年抱えてきた構造的な問題です。そしてこの構造が、2026年に大きな転換点を迎えようとしています。
情報が途切れる場所で、何が起きているのか
中小企業庁が公表した2026年版中小企業白書によると、卸売業・小売業の労働者過不足判断DIは2025年11月時点でマイナス38に達しています(1)。人手が足りないなかで、同じ情報を何度も入力する作業に時間を割いている状況は、単なる非効率ではなく、経営資源の浪費と言えます。
受注情報が販売管理システムに入り、在庫情報は倉庫管理の別システムに存在し、請求情報は会計ソフトで管理されている。こうしたシステムの分断は、卸売業では珍しくありません。問題は、それぞれのシステム間で情報の受け渡しが手作業に頼っている点にあります。
転記のたびに入力ミスが紛れ込む可能性がありますし、在庫の数字が倉庫の実態と合わなくなることもあります。請求漏れや二重請求が月末に発覚し、得意先との関係に影響を及ぼすケースも珍しくないでしょう。
物流2026年問題が迫る構造変化
2026年4月、改正物流効率化法が本格施行されます(2)。年間輸送量が9万トンを超える特定荷主には、物流効率化に関する中長期計画の策定と報告が義務化されます。卸売業は多種多様な商品を扱い、物流管理が複雑化しやすい業種です。この法改正は大手荷主だけの話ではなく、取引先として連携する中小の卸売業にも波及していきます。
船井総研ロジの調査(2025年3月時点)では、荷主企業の約6割が自社の荷待ち時間を把握していないという結果が出ています(3)。荷待ち時間の削減は、受発注データと在庫データがリアルタイムに連動していなければ実現が難しい取り組みです。出荷のタイミングを最適化するには、「今、何がどこにどれだけあるか」が即座にわかる状態が前提になります。
デジタル化が進みにくい、卸売業ならではの事情
経済産業省の調査によれば、中小企業全体でDXに取り組んでいない企業は依然として7割を超えています(4)。卸売業には、固有の事情もあります。取引先がFAXや書面でのやり取りを前提としている場合、自社だけがデジタルに切り替えると取引が離れてしまうリスクがあるのです。
一方で、経済産業省は流通業全体での商品情報プラットフォームの整備を進めています。メーカー、卸売業、小売業の間で商品情報を標準化されたデータとして共有する基盤の構築が、2026年度に向けて拡大しています(5)。業界全体の流れがデジタルに向かうなかで、個社の判断を超えた環境変化が起きつつあります。
情報の一元化が、経営判断の速度を変える
受注、在庫、請求という三つの情報がひとつの基盤でつながると、何が変わるのでしょうか。
入力作業の重複がなくなることは、人手不足のなかで大きな意味を持ちます。在庫の動きが受注と連動して可視化されれば、欠品や過剰在庫に事前に気づくことができます。請求データが受注や出荷データと自動的に紐づけば、月末の突合作業に費やしていた時間を、得意先とのコミュニケーションに充てることもできるでしょう。
2026年版中小企業白書は、卸売業において成長投資に取り組む企業が47.7%に達していると報告しています(1)。投資の中身はさまざまですが、情報基盤の整備は、その投資効果を最大化するための土台になります。
どこから手をつけるか。まずは自社の業務のなかで、同じ情報が何回入力し直されているかを数えてみることが、最初の一歩になるかもしれません。
参考・出典
(1)中小企業庁「2026年版 中小企業白書・小規模企業白書」(2026年4月)
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2026/PDF/2026gaiyou.pdf
(2)経済産業省「流通業のDXの加速化に資する技術事例集」(2026年2月)/ 改正物流効率化法関連
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/chiiki_keizai/maintaining_local_life/pdf/004_s02_00.pdf
(3)船井総研ロジ「荷主企業の荷待ち時間管理実態調査」(2025年3月)
https://logiiiii.sc.funaisoken.co.jp/series/pointofview/2026problem-logistics/
(4)経済産業省「中堅・中小企業等向けDX推進の手引き2025」(2025年3月)
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dx-chukenchushotebiki/dx-chukenchushotebiki_2025.pdf
(5)経済産業省「商品情報の連携に向けて」(2025年3月)
https://www.meti.go.jp/policy/economy/distribution/00004.pdf