閉店後、ECの受注データと店舗のPOS実績を突き合わせる。数字が合わない。昨日も合わなかった。「また明日確認しよう」と翌朝に回し、翌朝は翌朝で開店準備に追われる。こうして在庫のずれは、いつの間にか「そういうもの」として放置されてしまいます。小売業にとってECの売上比率が年々高まるなか、この「ずれ」が経営に与える影響は、もう見過ごせる水準ではなくなっています。
経済産業省が2025年8月に公表した「令和6年度電子商取引に関する市場調査」によると、2024年の日本のBtoC-EC市場規模は26.1兆円に達し、前年比5.1%の成長を記録しました(1)。物販系分野に限ったEC化率は9.78%で、2025年には10%を超える見通しです。
10%という数字は、実店舗で1,000万円を売り上げている店であれば、EC経由で100万円が動いていることを意味します。この100万円の裏にある在庫の出入りを、店舗側の仕組みとは別に管理していれば、両方を合わせた全体像が見えなくなるのは当然のことです。EC販路が「おまけ」だった時代であれば多少のずれは許容できたかもしれません。しかし、売上全体の1割を占めるチャネルの在庫情報が不正確であれば、それは経営判断の土台が1割欠けているのと同じことです。
店舗とECの在庫を別々のシステムやスプレッドシートで管理していると、矛盾した二つの問題が同時に発生します。
一つは欠品です。ECで売れた商品が店舗の在庫数に即時反映されなければ、同じ商品を店頭でも販売してしまい、結果としてどちらかのチャネルで品切れが起こります。お客様にとっては「注文したのに届かない」という体験になり、信頼の毀損に直結します。
もう一つは過剰在庫です。売れ行きの鈍い商品が店舗とECの両方に分散して積まれていると、全体では余っているのに、個々の拠点では「少し足りないかもしれない」と見えてしまい、追加発注をかけてしまう。気がつけば倉庫に同じ商品が山積みになっている、という事態は珍しくありません。
中小企業基盤整備機構が2025年に実施した「中小企業のDX推進に関する調査」では、中小企業の3割以上がいまだに口頭、電話、紙ベースの業務プロセスを残しているという結果が報告されています(2)。在庫管理もその延長線上にあり、デジタル化されていない領域ほど情報の分断が常態化しやすい構造です。
在庫管理の精度を高めるには、自社内の仕組みだけでなく、取引先やプラットフォームとの情報連携も欠かせません。経済産業省は2024年11月から「商品情報連携標準に関する検討会」を開催し、メーカー、卸、小売の業界を横断した商品情報の共通基盤を2026年中に稼働させることを目指しています(3)。
この動きが示唆しているのは、情報の分断が個社の問題にとどまらず、流通全体の生産性を下げているという認識が官民で共有され始めたことです。商品コードやカテゴリの表記がメーカーと小売で異なれば、受発注のたびに人の手で読み替えが必要になります。その手間は店舗数やEC販路が増えるほど積み上がり、やがて在庫のずれという形で表面化します。
在庫を一つの仕組みで管理するという考え方自体は目新しいものではありません。ただ、かつてはそのためのシステムが大企業向けに設計されていたり、導入に数千万円の初期投資が必要だったりしたため、中小の小売事業者には現実的な選択肢になりにくい面がありました。
クラウド型のサービスが普及した現在、月額数万円から導入でき、主要ECモールとの自動連携や店舗POSとのデータ統合に対応した仕組みが登場しています(4)。こうしたサービスを活用した企業では、在庫の引当から出荷指示までが自動化され、閉店後に手作業で数字を突き合わせる工程がなくなったという報告もあります。
一元管理がもたらす最大の変化は、在庫の数字が正確になることだけではありません。店舗別、チャネル別、商品カテゴリ別の動きが一つの画面で見渡せるようになることで、仕入れの判断、値引きの設計、新規出店の計画といった経営の意思決定に使える情報の質が変わります。
「全社の在庫を一元管理する」と聞くと、大がかりなシステム刷新を思い浮かべるかもしれません。しかし、最初の一歩はもっと小さくて構わないはずです。店舗在庫とEC在庫のずれが、どのくらいの頻度で、どの商品で、どの程度の金額規模で起きているかを1週間だけ記録してみる。そこから始めてみてはいかがでしょうか。
ずれの実態が数字で見えれば、それが年間にしてどれだけの機会損失や過剰在庫コストを生んでいるか試算できます。その数字こそが、仕組みを変える投資判断の根拠になります。デジタル化の道具は揃いつつあります。足りないのは、目の前の「合わない在庫」を放置しないという意思決定だけかもしれません。
参考・出典
(1)経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査の結果を取りまとめました」(2025年8月)
https://www.meti.go.jp/press/2025/08/20250826005/20250826005.html
(2)中小企業基盤整備機構「中小企業のDX推進に関する調査(2025年)」
https://www.smrj.go.jp/research_case/questionnaire/fbrion0000002pjw-att/202602_DX_point.pdf
(3)経済産業省「商品情報の連携に向けて」(2025年3月)
https://www.meti.go.jp/policy/economy/distribution/00004.pdf
(4)LOGILESS Blog「EC一元管理システム比較20選」
https://www.logiless.com/blog/column/ec-management-system20/